私は20歳直前に怖い占いに出会ってしまい、少なからずおびえながらも、約半世紀無事に生きてきた新米シニアです。
しかもその占い、当たっていたんです!
それまでも雑誌などで、いかにも子供っぽい占いとは接してきましたが、その時出会ったのが本格的な、いわゆる命式を使うヤツ。
20歳前の乙女にとっては呪いの言葉に等しかった!
眠れる森の美女は自分の運命を知らずに眠れたから良かったけれど、眠れなかったブスはどうなったかというお話です。
果たして怖い占いの正体は何だったか!
怖い占いで多少なりとも凹んでいる方に、何か参考になればと思います。
占いが原因で悩むのは本末転倒でした
そもそも恋愛や人間関係や、人に相談できない悩みがあるから占いを頼るんですよね。
占いが原因で悩むなんて、本末転倒だと思います。…私の場合がまさにそれ。
でも当時はそんな判断ができる状況ではありませんでした。
事の始まりは両親が兄の結婚に際して、占いのできる知人を我が家に招いたことからでした。
私は兄のついで。
兄の方はまずまず相性もよろしい様子。ただちょっと名前の字を変えた方が、と言われて通称名を変えました。
さて私はと言うと「宝を捨てる運命」だそうな。
それからは何だかムニャムニャと言葉を濁されて終わり。
知人さんは、本来のお役目は済んだので帰って行かれました。
私は「宝を捨てる」だけでもガーン!でしたが、さらに歯切れの悪さが気になって、図書館に行って自分で調べ始めた訳です。そしたら出るわ出るわ。
「男なら良いが女なら不幸」
「配偶者殺害数」
「他人の犠牲になる運命で、しかも避けようとするともっと不幸になる、生き地獄」
「孤立無援」
「不幸なのに不幸と気が付かない」
ってもう。
救いの言葉が一つもない!
これでは口ごもるはずです。
もう目の前真っ暗でしたよ。
暗く悲惨な自己暗示はやめたい
大学受験に落ちた時には
にこみいるさんが落ちるなんて、きっと運が悪かったんだよ
…私にとっては慰めにもならない。
就職後に会社や自宅に印鑑屋さんが営業に来ると、きまって運の悪さを言われる。
当たるよと紹介された占い師の所では、ほとんど解説もなく「これをあげるから」とお守りを3つももらいました。
有難いというより、次第に腹が立ってきましたね。
「姓名判断」って、悪い方の結果はかなり厳しめに出るんですね。
東洋のヘヴィな国から伝わってきたようで、その歴史を考えると納得です。
何より言葉が強いので、気が弱い人、根が素直な人、真面目な人は要注意ですよ。
姓名判断といってもいろいろ流派があるようで、画数の数え方が異なったり、数字の持つ意味が多少は異なったりするようですけれどね。
さて、今ならどんな言葉が並ぶでしょうか。
現在たくさんある占いサイトで試しに私の名前を入れてみると、やはり凶、凶、大凶。
「多難・破綻」「離別」「惨事」「孤独・裏切り・犯罪」「必ず災いが…」
またまた呪いの言葉。
凄いでしょう。
もう一つのサイトでも凶だらけ。「苦労・挫折」「障害」「孤立・不遇」です。
ちょっと優しめ(笑)
当然ですが、皆が皆悪いことばかり言われる訳ではないです。
他の数字を持つ人なら吉や大吉だらけ、「素晴らしい運勢」とか出ますからね。
ただ、普通は誰でも何かしらのマイナス要因はあると思います。
ここ考えどころです。
世の中に完璧な人間がいないように、多少のマイナス要因があっても当たり前と考えましょうよ。
あまり真剣になると、結婚や出産時のトラブルもよく聞きますもんね。
でも、良いことよりも悪いことの方が、気になって印象に残ってしまうんですよね。
眠れなかった森のブスを見てごらんなさい。
一つでも変えたいと思う気持ちはよくわかります。
よく占いは自己暗示だとも言われますね。
それならそれで、誰だって暗く悲惨な自己暗示は嫌じゃないですか。
僕は25万円払って改名したよ
え~高っ!どうしよう~
30年前の25万円って、今ならいくらだ?
私はそんなお金もないので、いっそ東洋の占いをやめて西洋占星術にしてみることに。
占いを変えてみたら見方が変わった
占い自体をやめようとはしないところがミソ。
だって「運が悪いのですが」なんてほかに相談できないでしょ。
「占いなんて嘘っぱちだ」と笑い飛ばすこともできませんでした。
悪い占い結果が出た時の心理としては、どこか取り付く島がないかと、他の占いを試すわけです。
(このあたりは、こじれると新興宗教にはまる入り口でもありますよね。)
お願いだから 誰か良いことを言って‼
そして今までいろいろな人やいろいろなシーンで「運が悪い」と言われ続けてきたのは、みな同じ一つの占い方を根拠に、そう言われてきたのだと気がつきました。
元となる命式が同じだったり派生したものなら、似たような結果が出ても当たり前。
なので、ますます悩みが深まることのないよう、全く別の、元々の作りが異なるものを選んでみました。
さて西洋占星術でも、私のホロスコープは凶角度90度が多い!
180度もあるし。やはり厳しいのか。
いやいや、吉角度60度がけっこうあるではありませんか。(120度は1つもないけれど)
私の基本的性質は行動的で現実的、物事にこだわらずさっぱりしているそうです。
えー⁉ 占いに頼ろうとしてるのに?
ズルズル占いし直してるのに?
私も信じられなかったけど、それは後程。とりあえず先行くね
西洋占星術の読み方は、一面からだけではなく、多方面から読むことがわかりました。
惑星同士の90度や180度の困難を示す角度は、長い人生で起こり得る困難の種類だそう。
これがない人は努力のできない人だし、吉角度ばかりでは温室にいるような抵抗力のなさを示すそうです。
たとえば大実業家と言われる人々は、楽な角度は持っていないとも。
なるほどー、物事には両面がある。
私には西洋占星術の方が合っているようでした。
「不幸なのに不幸と気が付かない」
—余計なお世話ですが、それなら他の人より楽なのではないかと思うことにしました。
「運命」に抵抗するのを忘れてしまった
しばらくは西洋占星術にはまってましたが、気持ちが楽になったのか、はたまたそれどころではなくなったのか。
気づけばいつの間にか占いとは疎遠になってました。あらっ!
でも、苦しい努力をせずに、自然に解放されたのは良かったです。
困難なことは「はいはい、どうせ私は運が悪いんですよっ」とさっさとあきらめて、乗り越えた。
仕事でも、飛びぬけて出世はしませんでしたが、そこそこの評価は貰えるようになりました。
人生半世紀以上を過ごし、もちろん山あり谷あり。
人並みの苦労や悲しみはあったなぁと、振り返ってふと思い出したのが昔の姓名判断の言葉。
確かに楽なことばかりではありませんでしたが、総じてあんな悲惨な人生ではなかったではないの。
なぜあんな風に言ったのか、また気になってしまいました。
こんなことだったのか!
少し振り返ってみます。
「宝を捨てる」とは、中途入社にも関わらず高いお給料をもらっていた会社を、「やっぱり好きな仕事に就きたい」と辞めてしまい、極めて安いところに転職してしまったことでしょうか。
でも、好きな仕事ができたんですから、当時も幸せでしたよ⤴
その後は時代の変化や自分の変化もあって、ほぼ10年ごとに転職。あぁ、いわゆる挫折?破綻?。
履歴書的には不利でしたが、その都度自分に合うと思って選んだ仕事。
懸命に働いたので後悔はありません。履歴書にもそのまま書きました。
「男なら良いが女なら不幸」を見直してみると、私が実は男性的な性格で、女らしくないために不幸になるという意味だったようです。
西洋占星術の言う、「行動的、現実的、さっぱりしている」性格のことでしょうか。
実際に夫を殺す訳ではなく、いわゆる「男まさり」。
あ~そういうことかと長年の疑問が晴れました。(今ごろ)
ちょっと前時代的な考え方ですよね。
その占いが編まれた何百年も前とは違うので、読み方も変える必要があるのでは、と思いました。
その時代だったら我慢に我慢を重ねたのちに爆発して、ダンナさんを殺していたかもしれないって?
あれだけ悪い運命を告げられていた、うら若い乙女の頃、それはそれはビビったんですよ、私。
こんなことだったんですか⁉
今の世ならせいぜい夫を尻に敷くってくらいで済んだのではないかしらん。
…いい時代になったこと。
心配しすぎて損したわ
「他人の犠牲になる」とは、母を引き取ったことでしょうか。
これも犠牲というより、どうせ結婚しそうもないし、私が引き取る方が合理的と思ったからです。
まぁ、介護のことなどちょっと覚悟を決めた所もありましたけど、避けていたら本当に母も私も不幸になっていたような気はします。
じたばたとやってきましたが、何だかやり遂げた感もあるので、ちょっと自信がつきました。
こんな風に、ストレートではありませんが、結果的に東洋西洋とも当たっていたと言っても良いと思います。
でも怖い占いを、言葉通りに信じる必要はないですね。
もっと早くに気が付けばよかった。
昔の日本では、「当たるも八卦、当たらぬも八卦」といって、それくらい大らかなら心配ないのかも。
私も少なくとも暗い自己暗示から脱却できて、本っ当に良かったと思っています。
怖い占いとの付き合い方のまとめ
いかがでしたか。
怖い占いも恐れるに足らず。
占いが原因で悩む必要は全くありません。
今の時代に合っていない解釈の仕方かもしれないです。
占い方を変えてみても良いですし。
いろいろな人の話も参考にして、必要以上に恐れることなく、じたばたやってみて下さい。
そうやってじたばたと乗り越えたこと自体が自信になりますよ。
これからも、良い人生を。
怖い占いの当たり具合に興味のある方はにこみいるの明るいプロフィールを読んで下さい。
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