水の城下町と言われる郡上八幡。
岐阜県の奥美濃に位置し、例年は7月から9月まで、有名な郡上踊りが開催されます。
普段は静かで落ち着いた、山あいの小さな城下町です。
初夏の郡上八幡を、混雑を避けてゆっくり歩いてみました。
実際に歩いてみた見どころをご紹介しましょう。
まずは駐車場
私が訪れたのは2022年6月22日、水曜日。
それほど大きくない町なので、駐車場が心配でした。
それでもまとまった台数の駐車場がいくつかあり、それ以外でも台数少なめの所がちょこちょこあります。
駐車場情報は郡上市観光連盟HP 駐車場情報でどうぞ
どこに停めても、すでにそこの町並み自体が見どころなので、ハズレはないかと。
できれば市営駐車場が、多少安く停められるのでおすすめです。
AM11:30、旧庁舎記念館前の市営駐車場に停めることができました。
庁舎の裏にある駐車場はまだ少し空いていましたね。
踊りの期間は近くの小学校校庭や市の施設駐車場などが、臨時駐車場になったりするようですので、「郡上踊り」のサイトで確認してみてください。
吉田川の南は、比較的新しいが十分風情ある町並み
旧庁舎記念館から西に延びる道が、現代の郡上八幡のメインストリートですね。
郵便局や多くの銀行が並んでいます。
その間にも古い建物がありますし、1本路地に入れば、比較的新しいとはいえ袖壁のあるお家もたくさんあって、十分風情があるんですよ。
旧庁舎記念館は昭和初期の洋館
旧庁舎記念館は、昭和11年に建てられた、当時としては珍しい西洋建築です。
平成6年までは実際に八幡町役場として使われていました。
現在一部工事中の覆いで隠れているのが残念ですが、レトロでおしゃれです。
後ほど新橋の写真に写り込んでいますので、側面も見てください。
内部はカウンターと天井にレトロな趣が残っていて、おもしろいですよ。
中は観光案内や土産物販売、軽食のコーナーになっていました。
いがわ小径―用水自体が清流そのもの
記念館の右を裏手に回り、そのまままっすぐ行くと「いがわ小径」の入り口です。
民家の間を流れる用水路沿いの、幅1m長さ119mの小径です。
その水のきれいなこと!
生活に利用する小さい川や用水を「いがわ」と呼ぶそうです。
こちらの用水は江戸時代初め、寛文年間にできた島谷用水です。
地元には「洗い場組合」があって、今でも洗濯のすすぎ水など、生活の一部としてこの水が利用されているそうです。
下のような屋根の付いた取水場?洗い場?が3か所見られました。
軒下に小さな半鐘とバケツが見えます。
以後、半鐘とバケツはいろいろな所で見かけることになります。
水路には鯉が。鮎、あまご、岩魚も放たれているそうです。
鯉はよくありますが、鮎、あまご、岩魚は珍しい。
清流にしか棲めない魚たちですよ。
用水沿いの所々でエサも100円で売っていて、空袋も回収できるようになっています。
あまり多く与えると魚が胃腸障害を起こして死んでしまうため、数量の制限をしているそうです。
いがわ小径の終点から石段を降りると、吉田川のほとりの遊歩道に出られます。
私は目指していた昼食のお店に向かったので、細い路地を逆方向へ。
それなのにそれなのに、お店は不定休ということで、なんということかちょうどお休み!
もう一軒もお休み!
その間路地をうろうろして、小さな川(乙姫川)沿いを、来た方角に戻るように歩くと、車を停めた旧庁舎記念館に着きました。
先に書いたように、この間の路地も風情ある路地でしたよ。
白円の所が袖壁と呼ばれるもので、延焼防止のために設けられています。
下は共同の水場。防火用みたいですね。ここにも半鐘がありました。
新橋から吉田川を見る
旧庁舎記念館前から新橋を北に渡ります。
以前はポスターやTV等で、夏にこの橋から子供たちが飛び込んで遊ぶシーンをよく見かけました。
涼しそうで、郡上の夏の風物詩、日本の原風景とでも言うべきものでしたね。
今は慣れない人が飛び込むと危険、という警告板が立っています。
川の状態を知らない人が軽々に飛び込むと、重大事故につながりますからね。
実際に事故があったので、注意ではなく警告、なんです。
崖の上に建っているそれぞれの建物から、下の吉田川に出られるようになっているようです。
ちなみに奥に写っているのが旧庁舎記念館の側面です。美しいでしょう?
吉田川の北には伝統的建造物が多い
新橋を渡りきると正面は岩壁。
右へ折れると高山方面に向かう国道に出てしまうので、城下町を歩くなら、左折です。
昔ながらのお店屋さん…老舗の数々
飲食店が数件あり、鮎料理や郡上産のそばもおいしそうなんですが、今回は、こちら。
鉄板料理の「泉坂」さんです。
郡上は私のいとこが独身の頃赴任した地でもあり、こちらは時々利用させてもらっていたお店だそうです。
きのこを焼いたのや、朴葉味噌や、お好み焼き、飛騨牛ステーキ等があって、お値段も手ごろな庶民的居酒屋さんでもあるようです。
「郡上焼き」というのを頼んでみたら、お好み焼き(別にあり)とも違う、ちょっとチヂミ風のものが出てきました。
はじめての味は、好みとまでは言えませんでした。
多分慣れ親しんだら好きになる類なのだと思います。
メニューの数は少なめなので、観光客としては飛騨牛の定食ものの方が良いかも。
おそらく地元の方たちの、裏メニューなる存在がありそうな気がしますね。
泉坂さんを西に進むと、そばの「平甚」さんのある広い町角に出ます。老舗です。
右に見えるのは地酒を商う「平野本店」さん。「母情」という地酒が昔から有名です。
正面の「紙刃楽(しばらく)」さんは、数年前にできた美濃和紙と関刃物のお店。
最近は和紙を使ったハーバリウム体験もできるとか。
この町角を平野本店さんの方に北上すると、こちらも老舗の「桜間見屋」さんです。
ああ~、ここもお休み。
でもまぁ、普段じっくり見ることのない建物全景が見られたのは貴重かもしれません。
この重厚な造りを見てください。
肉桂玉で有名なお店です。昔からある、一味違うアメ玉です。味が濃いというか、深みがあるというか、とにかく美味。
添加物を使わず、ほとんどが手作業なのだそうです。
宗祇水
さて、この桜間見屋さんのすぐ横の脇道が、「宗祇水」への入り口です。
タイトル下の、一番大きい写真に使いました。
石畳になっている坂道を下ると、右側の一段下がったところに祠と水槽があり、これが「宗祇水」です。
室町時代、連歌の宗匠、飯尾宗祇が古今和歌集の解釈を学びに郡上を訪れ、この泉のそばに庵を結んで愛用したことからその名が付きました。
全国名水100選の第1号として指定を受けたそうです。
今も飲料水・生活用水として利用されているものなので、観光客の私たちとしては、手や足を浸さないようにしましょうね。
宗祇水から吉田川支流の小駄良川遊歩道に出られます。
そのまま川に入っていけるほどです。なんといっても水のきれいなこと!
さて宗祇水から本町通りに戻り、少し北上するとこちらも老舗の「上野酒店」さんがあり、「酒屋のソフトクリーム」なるものを見つけました。
本来はフルーツの入った杏仁豆腐味のソフトクリームに、こちらの手造りのお酒をかけるのだそうです。
わぁ、想像しただけですごいごちそう!
車なので、残念ながらお酒はなしで。でもフルーツ入りの杏仁豆腐味のソフトクリームだけでも十分美味でした!
これでお酒がかかって350円は安い!
なぜだかゴジラのフライのサンプルが置いてありました。
樽生酒の肴(笑)? 食品サンプルの町だし…?
食後に、店頭の湧き水で口をさっぱりさせてはと言ってくださいました。
この、木の水槽を「水舟」と言います。
ここにも清水の恩恵。ごちそうさまでした。
城下町プラザ
上野酒店さんの向かいの駐車場を抜けて、城下町プラザへ。
ここは観光案内所や公衆トイレ等が併設された、岐阜バス等のバスターミナルです。
土産物や朝どれ野菜の小さな朝市もあります。
待合スペースに涼しい風が吹き抜けて、夏は生き返りますよ。
写真は撮り忘れてしまいました。
ここの駐車場の向かいに見えるのが安養寺です。
安養寺―八幡城の三の丸跡地にある
安養寺は浄土真宗大谷派の大きな寺院です。
本堂が岐阜県下最大だそう。
創建は1256年と古いのですが、別の場所にあったものを、火事で焼失したのを機に明治14年(1881年)、八幡城の三の丸跡地(現住所)に移転したそうです。
宝物殿には岐阜県指定文化財として絹本著色阿弥陀如来像他複数点、郡上市指定重要文化財複数点が所蔵されています。
山門をくぐると駐車場と宝物殿があります。
車の場合は山門の右手の坂を上がれば良いです。
この道はそのまま進むと八幡城まで行けますので、私は後ほど。
今は左に折れて柳町の古い町並みに向かいます。
安養寺の敷地がとても広く、途中に小公園や水場が見られます。
下は安養寺の水舟。水分補給はご自由に。
小さなお地蔵さんがいらっしゃいます。
八幡城三の丸にすぐ駆け付けられる、武士の町柳町
安養寺の山門前を左に入ると、先ほどの水舟や小公園の向かいから古い町並みが始まります。
柳町は江戸時代、中級藩士や下級武士の住む、侍の町だったそうです。
整然と、落ち着いた町の印象です。
平成24年(2012年)国の重要伝統的建造物群保存地区に選定されています。
郡上八幡博覧館
大正9年(1920年)に建てられた、旧税務署が博物館になっています。
郡上の歴史や伝統工芸の技、郡上踊りの踊り方紹介や実演等が行われています。
踊り参加の本番前に、手ほどきを受けるならここで。
高校生以上540円ですが、八幡城との共通券が650円なので、お城にも行かれる方は、こちらをおすすめ。
小中学生は博覧館のみ320円、共通券は350円。小学生未満は無料です。
町人たちの町―職人町・鍛冶屋町
もう一つの古い町並みは、職人町と鍛冶屋町です。こちらは町人の町。
特徴的なのは家の前の水路と軒下のバケツ。
白の円内はバケツを拡大したもの、緑の円は各家の軒下に下がっている様子です。
珍しい風景ですよね。
バケツは町内によってデザインが違います。
水路は江戸時代初期の大火の後、三代目の郡上藩主によって防火用水として整備されました。
きれいな水が流れており、「堰板(せぎいた)」というものを差し込んで水を堰き止め、洗い物や花の水やり等にも利用できます。
今はあまり使われなくなったという、せぎ板を1枚発見!
これは使われなくなった?水舟。
宗祇水と同じように、上の層から順に用途を決めて、上手に水を使い回していたのが伺われます。
宮ケ瀬橋から吉田川以南の西側―こちらにも風情ある路地が
鍛冶屋町を南下すると平甚さんの角に戻り、そのまま宮ケ瀬橋を渡るとすぐ右手に「さんぷる工房」さんがあります。
今や有名になった、食品サンプルを作る体験や見学ができるところですが、またもやお休み!
(体験には予約が必要です。)
どうも水曜日はいろいろなところがお休みですね。
やなか水の小径
さらに進んで新町商店街に入ると、すぐ左手に「やなか水の小径」が見えます。
こちらも本来は江戸時代に防火と生活用水として整備されたもの。
現在は約8万個の川石で、装飾されています。
道そのものが川の流れのようで、きれい。
風情ある路地
やなか水の小径を抜けた路地の風景です。
吉田川以北の「伝統的建造物群保存地区」でなくても、保存して欲しいと思ってしまう、落ち着いた雰囲気の路地です。
こちらは井戸水のポンプ。どうやら現役っぽい。
しばらく路地を散策すると栃の実せんべいの「野田軒製菓舗」さんがありました。
栃の実はアクが強すぎて、抜くのにかなりの手間暇がかかるんだとか。
ミネラル豊富で、パリの街路樹になっているマロニエは近い品種だそうです。
日本では縄文時代から食べられてきた木の実ですが、栃の実を食べる文化は日本だけだそう。
昔ながらの素朴な味です。
井戸端小径は簡単な休憩場所
野田軒製菓舗さんの角を北上した脇道に、「井戸端小径」があります。
大きな水路は見えませんが、右側に石づくりの水舟のようなものがありました。
その脇に細い細いグレーチングが見えるのが水路かもしれません。
半鐘もあるし。
歩き疲れたので、四角の椅子?に座って休憩。
ここまでで、約3時間半の町歩きでした。
まとめ
伝統的な水辺の暮らし
●宗祇水は今も使われている、貴重な水源。
室町時代に連歌師の飯尾宗祇が愛用したことでその名が付いた。
●所々に湧き水や山の水を引き込んだ水舟がある。
宗祇水同様に、きれいな上層から順に用途を決めて、上手に水を使い回すしくみ。
●江戸時代初期に島谷用水・柳町用水等が整備され、防火用水の他、野菜を洗ったり冷やしたり、洗濯 水としても利用された。
せぎ板・消火用のバケツ等、郡上ならではの風景を作っている。
水曜日はお休みが多い
行く前にはわかりませんでしたが、最初に寄った旧庁舎記念館のパンフレットによれば、主だった観光施設やお店の定休日の表示で一番多いのが、「不定休」35軒。
次に多いのが水曜日16軒でした。
次いで多いのは木曜日12軒、火曜日10軒、月曜・日曜同数で4軒、金曜日1軒です。
所要時間
昼食の他はお店や施設にほとんど入らず、景色を見るだけで、所要時間は3時間半かかりました。
博覧館やお店の体験・喫茶店等に入るなら、それぞれの所要時間を足してください。
どうぞご参考に。
コメント