今回は「祟り」についてのお話です。
「祟り」で思い出すのは、「祟りじゃー!」で有名な横溝正史の「八ッ墓村」とか?
いえいえ、そんな恐ろしい話ではありません…よね?
私の周りで起こった、とっても地味~な、でもよくあるかもしれないお話です。
皆さんは「〇は家の守り神」という話を聞いたことがありますか?
良縁や金運を呼ぶ、神の使いとも言われます。
なので、多くの神社でも大切にされていますね。
敬いこそすれ、邪険にしてはいけないのです。ひどい扱いをすると祟りますよ。
実は私、大の苦手でして。
姿を見るのはもちろん、字もできたら使いたくないのです。
漢字・カタカナ・ひらがな全部。アルファベットは読み取る間にじわじわ来てしまう。
〇を置き換えてください。
その祟りの主は”蛇”です。
守り神を食べてしまったら
どんな祟り方をしたか、ですよね。
私が小学校低学年の頃の話です。
父が事業を大きくして、郊外に工場を兼ねた少し大きめの家を買いました。
おそらく元は農家の家だったのだと思います。
南向きの、土間のある広い家でした。
工場の方は鉄筋コンクリートで建て増しし、住居は祖母の希望を聞いて元のまま残されました。
2階は当時たくさんいた、住み込み従業員さんたちの部屋でした。
この、母屋の天井裏に、屋敷〇が棲みついていたらしいのです。
長い抜け殻が見つかったり、夜になるとネズミを追ってザザッという音をたてたりしていたそうですが、一度も姿を見ることはありませんでした。
ところが高学年になった夏の夜、従業員の人たちが庭でBBQをし、そこで捕まえた〇の皮を剥いで、蒲焼きにしてしまったのです。
昔のことで、子供は参加を許されていませんでしたが、物珍しさもあってかわざわざ呼びに来られ、私も一口かじることに。
骨だらけでほとんど肉もなく、おいしくもありませんでした。ただ、調味料の味だけ。
祖母が生きていたらきっと、そんなことはするもんじゃないと止めていたでしょうが、すでにしばらく前に他界していました。
止める人がいなくなったからこそ、迷信と言って退治のつもりでやらかしたのかも。
そのころ大人たちもまだ30代、40代でしたから。
その半年後、我が家は事業をたたんで引っ越すことになってしまいました。
従業員さんたちも散り散りになり、私たちは市街地に戻って、家族が住めるだけの借家に移りました。
引っ越してすぐに父は大病をし、一命はとりとめましたが、以後は働けなくなってしまったのです。
母の苦労したことと言ったら。
誰が言ったか、屋敷〇にあんなことをするから家が潰れたんだ、と。
私が23歳の時に父は亡くなりましたが、13年たっているのでさすがにそれは…?
痛い目に合わせたら、痛い目に合わされた
30代初め頃の梅雨の時期、またまた郊外の会社でしばらく働いていました。
まだエアコンを使っておらず、事務所の入り口が開け放ってありました。
周りは3方向が水田という田舎です。
40代だった専務が事務所に入ろうとして「ワッ」と声を挙げました。
入り口の柱を〇が登っていたのだそうです。
そして傘立てにあった私の傘で、〇を叩きまくって撃退したのでした。
(うわ~何をしてくれたのよ)と思ったのが正直なところ。
その次に(専務、大丈夫かしら)。
何しろ我が家での事がありましたから。
そして撃退事件のしばらく後に専務は自動車事故に遭い、半年間出社できないほどの大けがを負ったのです。
(あー、やっぱり)と思わざるを得ませんでした。
専務自身はどう思ったかな…。
凶器に使われた傘は、申し訳ないですがそのまま会社に置きっ放しにして、辞める時も持ち帰りませんでした。
なんだか念を感じるんです
さらに数年後の夏、まだ薄暗い早朝に目が覚めてしまい、起きだした私。
縁側から網戸越しにボーッと庭を眺めていました。
上がり口近くに植木鉢や脚立が見えました。
その脚立に何やら黒っぽいものが立てかけてあったので、(バール?うちにあんなのあったっけ?)と思いながらよくよく見ると、結構な大きさの〇でした。
堂々たる風格と言ったら良いでしょうか、脚立から伸び上がり、わが天下を見渡すといった感じに見えたのです。
網戸越しではありましたが、その近さにうろたえました。
こんな住宅街なのに?
都会ではないし、しばらく行けば小川もあるし、当時はまだフタのない石積みの側溝が家の裏手に通っており水も流れていたので、そこを伝って一帯に出没していたようです。
ともあれ、できれば早めにどこかにお引き取りいただきたい。
どうしよう…と迷ったあげく、手近にあったエアゾール殺虫剤を噴射してみることに。
網戸のこちら側からシューっとしても、多少は届いたんですね。
気が付いておもむろにこちらを見たのが、ちょっと怖かったです。
ほかの動物と目が合ったとしても、こういった怖い感じはしないのではないか、と思うのです。
例えば熊やライオンと遭遇したことはありませんが、怖いといっても違う怖さなのではないかと。
〇はなんだか念のようなものを感じるのですよ。
そう思うのは私だけでしょうか?
その後ゆっくりと向きを変え、いなくなってくれましたが…。
そのシーンを想像してみてください。
まるで(あん?しゃらくさい)とでも思ったかのような、きびすの返し方。(足はないけど)
一時的にホッとしましたが、嫌がらせをした訳なので、そのままで済む筈はありませんでした。
その日の日中です。
車で走っていると、とある店の空き地のような駐車場から、いきなりバックした車とぶつかりそうになったのです。
かと思うと別の場所では、突然子供が私の車の前に飛び出したり。
冷や汗をかいた出来事が立て続けに起こり、(アレのせいだ)と思わずにはいられません。
嫌がらせはきっちり嫌がらせで返ってきたのです。
せめてもその程度で済んだのを幸いとしました。
恐れ・畏れを知るのは大事なことだと思う
昔そんな話をしたら、聞いていた同僚の一人が「そんなことある訳ない。もし道に出てきたら車で轢いてやる。」と笑い、皆に「やめとけ。」とたしなめられてました。
もちろん私もやめた方が良いと思いました。
昔蒲焼きにしてしまった時の人たちと同じような年齢。
なぜ〇は祟るのか、本当に祟るのかどうかは正直わかりません。
そういうこともあるかもしれない、と思うだけでひどいことをしなくなるなら、それはそれで良いではありませんか。
ひょっとしたらそういう素朴な恐れが、原始的な信仰の始まりなのかも。
畏れを知るということは結構大事なことだと思うのですよ。
小さな生き物さえ祟るなら、人間ならなおさら…。
2022年2月24日、ロシアがウクライナ侵攻を始めました。
戦争となれば、地味~な祟りだけで済むはずはないのに。
苦手なくせになぜこんな話を書いたかという理由は、それが言いたかったからなのです。
後日談
先日勤め先の施設に小さな〇が入り込み、それを私が見つけてしまいました。
昔ほど大きな悲鳴は上げませんでしたが、聞きつけて数人が来てくれました。
彼らはバケツを持ってきて〇をその中に入れ、建物の前にある水路に逃がしました。
近すぎる(汗)と思ったものの、感謝。
そして皆で自分たちの”〇の祟りの経験”を話し合ったのです。
実は私だけでなく、皆さんいろいろ祟られているようなんですよ。
やっぱりね…。
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