子供の頃、近所の神社のお祭りや初詣に行った思い出はありますか。
また進学や就職・転勤等で、引越し先にある神社にお参りに行ったことがあるでしょうか。
大きな神社と異なりそれらの神社は、氏神さんとか産土さんとか鎮守さんなどと言いますね。
どう違うんでしょう。ご利益はあるんでしょうか。
私はあったんです。
氏神さんについて、調べた事と体験を交えてお話しますね。
産土さん・氏神さん・鎮守さん、そして地主神
日本の神道は山や川などを崇拝する自然崇拝から始まっており、どんな土地でも土地ごとにそこを守護する「地主神」がいるとされています。
産土さん
赤ちゃんが生まれた後にお宮参り(初宮参り)に行きますね。
生まれた土地の守り神がその子の産土さんになるんです。
これは私見ですが、「生まれた土地の地主神が産土神となり、産土神は地主神の一部」と言って良いのではと思います。
引越しても産土さんは変わらずその子を守って下さいます。
産土さんについては別記事で詳しく書いていますので、そちらを読んで下さい。
氏神さん
氏神さんは、元々は大昔の氏姓制度で同じ氏を名乗る一族の守り神です。
祖先と称する神や、一族の守護神を祀ったものです。
有名な所では、春日大社は藤原氏の祖と言われる天児屋根命、八幡宮は源氏が八幡神とされる応神天皇(誉田別命)等を守護神として祀っています。
中世(鎌倉~室町時代)以降は時勢として土地の住民の協力を必要としたため、異なる氏の人々に対しても氏神の門戸を開放していきました。
氏神社の周辺に住みその祭礼に参加する者全体を氏子と呼ぶようになり、次第に氏神と産土神との区別がされなくなっていったのです。
鎮守さん
鎮守さんは、仏教伝来と共に中国から伝わってきた、寺院の伽藍を守護する「伽藍神」が起源とされます。
新しい土地や建物の開発に際し、その土地古来の地主神に許可を得るためや封じ込めるために祀られました。
(今も行なわれている「地鎮祭」にその名残があります)
のちに寺院以外(豪族・貴族の邸宅、荘園、村落等)の建造物や土地にも置かれるようになります。
豪族と対立関係にある村落では、豪族の祀る氏神の霊力に対抗する形で村落を守る、鎮守の社を祀ることもあったようです。
鎮守神は威力のある神を新たに選んで勧進(分霊)することが多いのですが、地主神や氏神・産土神を鎮守に置き換えた例もあり、こちらも次第に区別があいまいになっていきます。
江戸時代中期頃からはもう区別がつかなくなりました。
そのため今日では一般的に「同じ集落に住む人たちが共同でお祀りする神様」が氏神とされています。
という訳で、私も特に区別する場合を除いては、近所の神社を氏神さんと呼ぶことにします。
ご利益があった
私が神社に興味を持ち始めたきっかけは、10年ほど前、近所の氏神さんに多大なご利益を受けたからなんです。
その前には単に行事としての初詣や、受験前のお願いくらいしかしていませんでした。
正直言ってご利益もほとんど期待していませんでした。
願いが叶ったためしはなかったんですもん。
ところが10年前のこと。
ある不正事件に対して、皆で立ち向かうことになったんです。
相手の方が何枚も上手でした。
あらゆる手を尽くしてもう打つ手がないとなった時、初めて本気で氏神さんに祈願しに行きました。
何の神様かも知らなかったし、同じ境内にある龍神様や、帰り道にあった小さな祠までもお参りしました。
それくらい、助けて下さるなら何の神様にでもお願いしたかったのです。
そしたら次の日の夜、森の中の社殿から、白い紙に描かれた黒い龍が立ち昇った夢を見たんです。
(生身の龍は見たことがないので、 絵 なんでしょうね。ちょっと笑う)
結果は私たちの勝利です。
不正を行なっていた組合団体は解体となりました。
もちろんお礼参りしましたよ。
今までろくに信じてもいなかったのに、叶えて下さるとは。
それからです。神様を大切にしようと思いました。
一度願いが叶って、お礼をして終わりという関係ではいけない気がしたんです。
神様は大切にするもの
振り返ると、我が家には長年神棚がありませんでした。
いえ昔はあったんですが、そんなに大切にしていたわけではなく、引っ越したりしているうちに、なくなってしまいました。
昔願いが叶わなかったのはそのせいか、などと今になって思います。
きっと大切にしていなかったのも含めて、日頃のあらゆる態度がなっていなかったからでしょう。
反省してそれからは小さな神棚を置き、毎朝パン、パン、とやっています。
大きな神社でなくても
氏神さんは地域の住民を護ってくださる神様です。
地域で起こった問題なので、助けて下さったのだと思います。
氏神さんもかなりの力ではないですか?だって、神様ですもん。
以後、心にかかることがあると、時々参拝します。
本当は引越しのたびに、そこの氏神さんにご挨拶した方が良かったのではないでしょうか。
私、ずっと失礼していた分、損もしていたのかも?
なので今後引越し等される方、ぜひ氏神さんにもご挨拶してみて下さい。
現在我が家の神棚には「天照皇大神宮」のお札(神宮大麻)と氏神さんのお札が重ねて祀ってあります。
きちんとお参りをするようになってから、明らかにいろいろな願いが叶うようになったんですよ。
ホントです。
ちなみに、神社でお参りをする時は「住所・氏名」を名乗ってからとよく聞きますね。
私の住所は長すぎる上に願い事も長いため、待っている方に悪くて名乗ってません。
人間界では名乗るのが礼儀ですが、神様とはテレパシーで通じている?
あ、ひょっとしたら我が家の神棚を通じて、もう伝わっているのかも。
ありがたいことです。
神社巡りを否定するものではありません。
だって、楽しいじゃありませんか。
神妙にお参りするのも、楽しくお参りするのも、良いと思います。
まあ、失礼にならないようにとは心がけてまいりましょう。
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